「介護」
の一部
  妻の多くは、夫を介護するとき「自分がやるのが当然である」「自分でやらなければいけない」と大きな義務感を背負ってしまいがちで、「子どもに迷惑をかけたくない」「他人の目があるので手抜きできない」「自分が介護しなければ誰もしないだろう」など、さまざまな思いこみや義務感、責任感を背負って、介護を完璧にしようとします。

  そして、世間の人も妻が夫の面倒をみるのは当然であるかのように捉えてしまいがちです。その結果として、どんなに苦労をしてもいっこうに楽にならない介護に疲れ果て、破綻にいたります。

  その反面、夫が介護者であるときは、妻に付き添い、世話している姿に周囲が同情し、慣れない家事を行っている姿をみると、なにかを手伝わなければいけないのでは?手伝ったほうがいいのでは?という気持ちになるのだそうです。

  子どもたちは、できる限り時間をつくっては父親の介護に協力し、隣近所や友人たちも、その夫の手助けをするために、精神的にも肉体的にも協力を申し出たりするのです。

  また夫が妻を介護している姿は、子供たち、他の家族や隣人、友人にとって尊敬の対象にもなります。周囲からの援助や誉め言葉、励まし、尊敬のまなざしは、その夫の大きな励みになるのです。満足感を得ることの出来ない介護が難しいということなのかもしれません。

  介護するときに、「自分だけで何とかしなければいけない」との孤立した思いが強ければ強いほど、周囲はその介護者に対して、協力しづらく、また、できなくなります。

  介護者のなかには、周囲に遠慮し、手助けを断る人がいますが、その遠慮がかえって介護者の大きな負担につながってしまいます。

  1人ひとりの家族が介護を分担し、主な介護者の負担を軽減することが必要なのです。周りにも協力を頼むことは、困ったときに、近くの他人が大きな力になることもあります。そういったことからも、家族に限らず、隣近所、友人あるいは公的な介護サービスを利用して、介護負担をできる限り軽減する努力が介護者には必要です。

  自分の力を過信することがいちばん危険なのです。介護をして、自分が病気になってしまったら、全く意味のないことになり、結果として周囲に迷惑をかけることになるのです。